ぶら蔵blog

50歳にして無職になったおっさんのブログです

無階級社会

昔は階級というものがありました

貴族や武士が威張ってて

農民やそれより下の階級の人が虐げられていました

 

「生まれながらに階級が決まってるなんておかしいじゃないか!」

 

そりゃそうですよね

 

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ところが戦後日本は階級というものがほぼなくなりました

 

貴族、、、あなたの周りにいますか?

 

いませんよね

そりゃ少しはありますよ差別

でも、生まれながらの階級というものはほとんどなくなってしまいました

 

ところが

 

「階級がなくなった差別がなくなったバンザーイ!」

 

とはなりませんでした

 

なんとなんと人々は能力というもので階級をつけるようになりました

 

「能力が高い人がみんなから尊敬される方が当たり前だよ!」

 

そういう声が聞こえてきそうですね

 

でもその結果能力による階級が顕在化しちゃったんですね

 

高校ランキング見てください

一流から十流まで偏差値順にズラーッてならんでるでしょ

 

大学もしかり

東大を頂点として下はFラン大学まで、、

 

いやいやそれだけでは済まないですよ

ルックス偏差値、コミュニケーション偏差値

マネー偏差値、、、

 

しかも恐ろしいのはすべて自分の才能と努力の結果というところです

 

才能と努力でどうにもならなかった人たちはどうするんですかね?

 

粛々とその結果を受け入れて生きていけますかね?

 

すべてのランキングで下位に落ちた人は日々頑張って生きていく気になりますか?

 

「しかたないよ」

 

まあ、そう言っちゃいますよね

 

でもそうなったら無差別殺人とかしちゃいそうじゃないですか

 

「底辺のやつも底辺なりにがんばれよ」

「それもできないやつは社会から排除すればいいじゃん」

 

言ってることもわかるんですがギスギスしてなんか息苦しいですよね

それにこんなに競争競争ってやってる割には世界からどんどん取り残されてる気がしませんか?

もう少し気楽な社会の方がよくないですか?

 

能力がある人もない人も努力できる人もできない人もそれなりに楽しく暮らせる社会って作れないもんですかね〜

 

言いたかったのは

 

能力による階級って産まれながらの階級よりもキツいですよ

 

ってことです

 

 

おしまい

 

ブラック企業はなぜなくならないのか

結論   警察権が機能していないから

(警察権とは捜査したり逮捕したりすること)

 

「なぜブラック企業がなくならないのか」という問題に

 

“そういう職場はさっさと辞めればいい”

労働基準監督署に訴えればいい”

 

そうすることによってブラック企業は社会から排除されるという意見がまことしやかに語られていますが本当にそうなんでしょうか?

 

私はそれは嘘だ!

と声を大きくして言いたいです

 

そもそも同じ犯罪でも

 

コンビニで万引きをする

サービス残業をさせる

 

この2つを比べればよくわかりますが

とちらも他人の財産を盗むという犯罪ですよね

 

コンビニで500円の弁当を盗む

時給1000円の労働を月20時間盗む

 

どちらが悪質ですか?

当然金額的にも計画性もサビ残の方が悪質ですよね

 

では犯罪を犯した後の対応を見てみましょう

 

コンビニ→警察に通報されて現行犯逮捕

サビ残→労基署に通報されて勧告、指導

 

どうですか?この差…

もしコンビニで万引きして警察呼んだら

「万引きしたらダメだよって指導されたり」

「今度したら逮捕だよ」

なんてしてたら万引き増えまくりでしょ

 

これじゃあブラック企業なくならないよ〜

 

まあ、色々反論もあると思いますよ

でもね、ブラック企業とかは計画性があって

損得でやってる犯罪ですよね

そういう犯罪って即逮捕ってなったら一瞬でなくなりますよ

だって逮捕されるってなったらあきらかに損ですからね

 

てことで

ブラック企業がなくならないのは警察権が機能していないから

でした

 

しかしブラック企業なくす気あるんですかね〜

 

おわり

 

なぜ最低賃金が決められているのか?

資本主義社会では物の値段は需要と供給のバランスで決まります。

 

需要が多ければ価格は上がるし

供給が多ければ価格は下がります

 

このシステムはよくできています

 

より必要なものを作れば高く売れるし、必要でないものを作れば安くでしか売れないからです

 

しかしこのシステムが万能なわけではありません

 

どんな時に機能しなくなるかというと

極端に需要と供給のバランスが崩れた時です

 

例えば野菜などができすぎて供給が過剰になった時、出荷されない野菜が畑で潰されている光景を見ることがありますね

 

過剰に生産された野菜は輸送コストすら払えないほどに価格が下がってしまいます

 

なぜこれほどまでに価格は下がるのでしょうか

 

それは人が消費する野菜の量は決まっているからです

 

だから生産者はどの野菜がどの程度生産されるのかを注意深く観察しなければなりません

 

ただし過剰にモノがあることは悪いわけではありません

常に必要な数しかモノがなければアクシデントに対応できないからです

 

例えば台風で作物がダメになった

海流が変わって魚が獲れなくなった

などです

 

こんな時、余分ににモノがなければ

あっというまに餓死者が出てしまいます

 

だから余分にモノがあることは悪いことではないのです

 

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では本題の

「なぜ最低賃金は決められているのか」です

 

作物を労働力と考えれば分かりやすいでしょう

 

世の中の人全員がしゃかりきになって働いているわけではありません

スポーツしている人、趣味に没頭している人、ゴロゴロしている人…

 

つまり労働力は余分にあるということです

 

余分にあるということはどうなるのか?

 

野菜の場合は輸送コストすら出ないくらいに買い叩かれましたね

 

つまり労働力は過剰にあるがゆえに買い叩かれるというわけです

 

それは出荷できなくて畑で潰される野菜の如く、健康で文化的な生活ができないほどに価格破壊が起こります

 

それでは困ってしまいますよね

 

それで最低賃金法があるというわけです

 

ただし最低賃金で健康で文化的な生活ができるのかというと…

 

 

おまけ

おやじのおすすめ曲

class  夏の日の1993

 

快感と苦痛の存在について

まず最初に存在についてお話します

 

仏教の言葉に「色即是空、空即是色」

という言葉があります

訳すると「存在は無であり無は存在である」

ってことです

 

おいおい、いきなり訳わかんないこと言わないでくれよ〜って思った方、ご安心を

 

もう少しわかりやすい言い方をすれば

 

無とは存在のひとつの形ですよってことです

 

いやいやちっともわかんないって!!

 

わかりました、もっとわかりやすい例えをします

ここにA君とB君がいます

A君はお金持ってませんB君もお金持ってません

これが「無」の状態です

次にA君はB君に1000円の借用書を渡しました

するとA君には1000円の借金ができました

B君には1000円の債権ができました

これが「存在」の状態です

 

図にするとこんな感じです

 

       A            B

      0円         0円            無

-1000円      +1000円      有(存在)

 

これなら、なんとなくわかるでしょう

ポイントはトータルではなにも変わってないってトコロです

 

快感と苦痛についても同じことが言えます

 

      A君            B君

     0快感         0快感

   1000快感   -1000快感

 

マイナスの快感は苦痛のことです

 

おわかりいただけたでしょうか?

快感が存在の裏には必ず苦痛の存在があるってことです

快感だけが単独で存在することはないということです

あるものが存在するためにはそれを打ち消すものが存在するということです

そして存在はトータルで0(無)になるということです

 

ということは快感を作ればそれと同じ量の苦痛が作られるいうことです

 

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この考えは宇宙はどのようにできたのかってことを考えたときに

無から宇宙ができたっておかしくない?

宇宙ができたのなら宇宙を打ち消す反宇宙ができてるのではないか?

という考えからきています。

 

 

おまけ

おやじのおすすめ曲

徳永英明    レイニーブルー

 

 

苦痛は他人に押し付けられるか?

前回では快感の存在の裏には苦痛の存在があるということでした

 

快感だけを作り出すことはできないってことならば、快感を自分が享受して苦痛を他人に押し付ければいいんじゃない?

 

そう考えちゃいますよね

 

でも、宇宙ってそんなふうになってるかな?

もしそうなら生きるって快感の分捕り合戦みたいなことになりませんか?

いかに多くの快感を手に入れ苦痛を誰かに押し付けるかっていうことだけになるような

 

いや、それならそうでいいんですけどね

ただそうはなってない気がするんですよね

 

宇宙のシステムがそんなふうにはなってないような…これは私の勝手な主観ですけどね

 

ひとつの生命のなかで快感と苦痛が同量存在するのではないかと

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つまり誰の人生でも快感と苦痛のバランスは同じになっているのではないかと思っているのです

 

おまけ

おやじのおすすめ曲 

稲垣潤一   夏のクラクション

 

人は幸福になれるのか

前回、幸福=快感  だとお話ししました

 

幸福感が一生続けばそれはもう幸せ確定ですね

 

「さすがにそれはないよ〜」

「いやでも、親が金持ちで容姿端麗、頭もよくてスポーツ万能、、、こんな条件ならずっと幸福感に満ちあふれてるんじゃないの」

 

どちらの意見が正しいでしょうか?

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一生幸せが続くとはさすがに言い過ぎだな

でも幸福(快感)が多くて不幸(苦痛)が少ない人生くらいならあるんじゃないの

 

これならみんな納得するんじゃないでしょうか

たしかに人によって快感と苦痛のバランスが違うってことは言えそうな気がする

 

不幸で苦しんでいる人はいっぱいいるし

逆に幸せが満ちあふれているって人もたくさんいてますからね

 

じゃあ人によって快感と苦痛のバランスが違うって言えますよね

 

それって本当ですか?

 

 

おまけ

おやじのおすすめ曲   

STARDUST REVUE    In The Sun,In The Shade

幸せとは何か

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あなたは幸せになりたいですか?

幸せになりたくない、という方はまずいないと思います。

 

では幸せとは何ですか?

これは人それぞれ色々ありそうですね。  

 

⚪︎使いきれないほどの大金があればな幸せだ

⚪︎いや、お金よりも笑いあえる家族か大事だよ

⚪︎好きな人と一緒にいれたら幸せだよ

⚪︎いい大学にいっていい会社に入るのがいいよ

⚪︎美味しいものいっぱい食べれたら満足だな

⚪︎いや、何事もなくのんびり暮らせればいいよ

 

人の数だけありそうですね

 

では上にあげた例の共通点は何でしょうか?

 

それは幸福感という感情ですね

もっと言えば幸福感っていう快感ですよね

 

「いや!快感のことじゃないよ、ただゆっくりと時間が流れて爽やかな風が吹いてて、、それだけで幸せだよ」

なんて反論する方もいるかもしれませんね

 

でもそれも快感ですよ

 

爽やかな風で気分よくなりますよね

のんびりしてたら気分いいですよね

 

気分がいい=快感    です

 

快感にもいろんな形がありますよね

ゆっくりとながく続くのもあれば

急激に強いのもありますよね

 

どの快感がいいのかは人それぞれですが

結局のところ快感がいいということですね

 

結論       幸せとは快感である

 

 

おまけ   

おやじのおすすめ曲    LUNA SEA     ROSIER