ぶら蔵blog

50歳にして無職になったおっさんのブログです

G×Oのキャッシュバックの件(一部伏せ字)

キャッシュバックもう少しでもらい損ねるところだったよ

f:id:buraburaoyaji:20200815104904p:image

 

マジでこのシステムなんなの?

 

これを超大手老舗電話会社が認めてるっていうか国も認めてるのが信じられんわ

 

契約の時に電話では封筒でキャッシュバックのお知らせが届くようなこと言ってたけど、全く届かず

 

仕方ないからネットで調べたらどうもメールで届くらしいと判明

 

しかもそのメールが自分のところに直接届くのではなくどこかにログインしてみなくてはならないらしい

 

なんとかしてログインするところを探し出して割り振られたメアドとパスワード入力すると間違ってますだって

 

ええっ?

 

もう一度やってみても間違ってます…

マジかよ!?

 

それでよくみてみるとメアドによってログインする場所が違うってのがわかった

 

なんじゃそりゃ

 

それでやっとログインできてキャッシュバック申請に必要な事入力して送信ボタン押してみるとあなたの名前に使えない文字が含まれてますだって!

 

姓と名の間は一文字分空白にしろと書いてあったのでとりあえずスペース空けてみたんだけど

それの空け方が悪かったのかと思い何度かやってみるが結局スペース空けないで入力した送信できた…おいおい

 

最終確認のところで同意書にサインみたいなのがあるんだけど、どうも有料オプションに入りますみたいな感じになっててあれ?

 

しかもよく読まないと有料オプションに入りますっ認識出来ないような文面

 

ここでうっかりサインしてたらオプション付けてしまうところ…

 

一旦戻ってよく見てみるとオプションの広告だと思っていたものがオプションの申し込みでご丁寧にオプションに申し込みますのところに小さくチェックされていた(°▽°)

 

そのチェックを外してやっとこさキャッシュバックの受け取り申請できました

 

まだ振り込まれるまで安心は出来ないです

 

ていうか大手の代理店でこんな事やってんの?

 

電話会社も国も認めてんだ…これ

 

ニッポンオワッテルよ

 

おしまい

女子高生の過剰包装反対署名運動について

このことについて賛否両論あるようだが、この事案には2種類の問題が混在している

 

①署名運動は正しいのか?

 

②過剰包装はダメなのか?

 

この2点を混ぜて議論するとややこしくなってしまいます

 

f:id:buraburaoyaji:20200811004047p:image

 

 

ではまず1点目の

 

署名運動は正しいのか?

 

これについて考えたいと思います

 

署名運動とは世論という圧力を武器に物事を解決しようとする方法である

 

「いや世の中の意見をメーカーさんに届けたかっただけで圧力とかそんなことは少しも考えてないですよ」

 

なんて反論も出そうだがまったくナンセンス

メーカーはそんな署名が届いたのを無視して不買運動に発展したり企業イメージが低下することを非常にに怖がる

つまり相手が怖がる=圧力なのだ

 

しかし私は署名運動に反対の立場はとらない

なぜなら世の中はパワー(圧力)によって支配されているからだ

パワーのある方の意見が通り無い方の意見は通らない

 

これが現実なのだから

 

ただ圧力によって自分の意見を通しているという自覚は必要だ

 

薄甘い砂糖(無垢の女子高生が善意によって社会を良くしましたという幻想)にコーティングされた物事の本質は、圧力によって自分の意見を通したい女子高生がいるということだ

 

そもそも過剰包装などという主観(個人的な意見ということ)にまみれた表現は好きではない

 

企業は商品を売るために考えに考え抜いて現状があるということ

 

つまり個別包装にした方が売れる 

                      ↓

客がそれを望んでいる

 

ということだ

 

その構図を変えるというのは世の中の圧倒的な意見よりも自分の意見を通したいということなのだ

 

1つ目の結論

 

署名運動には反対しないが圧力を使って自分の意見を通そうとしている自覚は必要だ

 

つぎ2点目の

 

過剰包装はダメなのか?

 

について考えたい

 

過剰包装がダメな理由として主なものは

 

環境汚染につながる

 

ということだろう

 

しかし日本はゴミの収集、焼却システムが確立されており環境汚染につながるとは考えにくい

 

二酸化炭素の問題を言ってくる方もいると思うが、石油というのはある部分はガソリン、ある部分は軽油、ある部分はプラスティックなどと用途によって使い分けられており包装をやめたからといってその分の石油がガソリンに変わるというものでもない

 

使われなくなった石油のある部分は原料のまま焼却処分されるだけであり二酸化炭素の排出になんら影響を与えない

 

次にマイクロプラスティックについてだが、そもそも石油とは生物の死骸であるためプラスティックも微生物の食料になる

つまりマイクロプラスティックなどという問題は存在しない可能性が高いのである

 

2つ目の結論

 

過剰包装などという問題はそもそも存在していない可能性が高い

 

 

 

おしまい

 

 

 

無階級社会

昔は階級というものがありました

貴族や武士が威張ってて

農民やそれより下の階級の人が虐げられていました

 

「生まれながらに階級が決まってるなんておかしいじゃないか!」

 

そりゃそうですよね

 

f:id:buraburaoyaji:20200728235253p:image

 

 

ところが戦後日本は階級というものがほぼなくなりました

 

貴族、、、あなたの周りにいますか?

 

いませんよね

そりゃ少しはありますよ差別

でも、生まれながらの階級というものはほとんどなくなってしまいました

 

ところが

 

「階級がなくなった差別がなくなったバンザーイ!」

 

とはなりませんでした

 

なんとなんと人々は能力というもので階級をつけるようになりました

 

「能力が高い人がみんなから尊敬される方が当たり前だよ!」

 

そういう声が聞こえてきそうですね

 

でもその結果能力による階級が顕在化しちゃったんですね

 

高校ランキング見てください

一流から十流まで偏差値順にズラーッてならんでるでしょ

 

大学もしかり

東大を頂点として下はFラン大学まで、、

 

いやいやそれだけでは済まないですよ

ルックス偏差値、コミュニケーション偏差値

マネー偏差値、、、

 

しかも恐ろしいのはすべて自分の才能と努力の結果というところです

 

才能と努力でどうにもならなかった人たちはどうするんですかね?

 

粛々とその結果を受け入れて生きていけますかね?

 

すべてのランキングで下位に落ちた人は日々頑張って生きていく気になりますか?

 

「しかたないよ」

 

まあ、そう言っちゃいますよね

 

でもそうなったら無差別殺人とかしちゃいそうじゃないですか

 

「底辺のやつも底辺なりにがんばれよ」

「それもできないやつは社会から排除すればいいじゃん」

 

言ってることもわかるんですがギスギスしてなんか息苦しいですよね

それにこんなに競争競争ってやってる割には世界からどんどん取り残されてる気がしませんか?

もう少し気楽な社会の方がよくないですか?

 

能力がある人もない人も努力できる人もできない人もそれなりに楽しく暮らせる社会って作れないもんですかね〜

 

言いたかったのは

 

能力による階級って産まれながらの階級よりもキツいですよ

 

ってことです

 

 

おしまい

 

ブラック企業はなぜなくならないのか

結論   警察権が機能していないから

(警察権とは捜査したり逮捕したりすること)

 

「なぜブラック企業がなくならないのか」という問題に

 

“そういう職場はさっさと辞めればいい”

労働基準監督署に訴えればいい”

 

そうすることによってブラック企業は社会から排除されるという意見がまことしやかに語られていますが本当にそうなんでしょうか?

 

私はそれは嘘だ!

と声を大きくして言いたいです

 

そもそも同じ犯罪でも

 

コンビニで万引きをする

サービス残業をさせる

 

この2つを比べればよくわかりますが

とちらも他人の財産を盗むという犯罪ですよね

 

コンビニで500円の弁当を盗む

時給1000円の労働を月20時間盗む

 

どちらが悪質ですか?

当然金額的にも計画性もサビ残の方が悪質ですよね

 

では犯罪を犯した後の対応を見てみましょう

 

コンビニ→警察に通報されて現行犯逮捕

サビ残→労基署に通報されて勧告、指導

 

どうですか?この差…

もしコンビニで万引きして警察呼んだら

「万引きしたらダメだよって指導されたり」

「今度したら逮捕だよ」

なんてしてたら万引き増えまくりでしょ

 

これじゃあブラック企業なくならないよ〜

 

まあ、色々反論もあると思いますよ

でもね、ブラック企業とかは計画性があって

損得でやってる犯罪ですよね

そういう犯罪って即逮捕ってなったら一瞬でなくなりますよ

だって逮捕されるってなったらあきらかに損ですからね

 

てことで

ブラック企業がなくならないのは警察権が機能していないから

でした

 

しかしブラック企業なくす気あるんですかね〜

 

おわり

 

なぜ最低賃金が決められているのか?

資本主義社会では物の値段は需要と供給のバランスで決まります。

 

需要が多ければ価格は上がるし

供給が多ければ価格は下がります

 

このシステムはよくできています

 

より必要なものを作れば高く売れるし、必要でないものを作れば安くでしか売れないからです

 

しかしこのシステムが万能なわけではありません

 

どんな時に機能しなくなるかというと

極端に需要と供給のバランスが崩れた時です

 

例えば野菜などができすぎて供給が過剰になった時、出荷されない野菜が畑で潰されている光景を見ることがありますね

 

過剰に生産された野菜は輸送コストすら払えないほどに価格が下がってしまいます

 

なぜこれほどまでに価格は下がるのでしょうか

 

それは人が消費する野菜の量は決まっているからです

 

だから生産者はどの野菜がどの程度生産されるのかを注意深く観察しなければなりません

 

ただし過剰にモノがあることは悪いわけではありません

常に必要な数しかモノがなければアクシデントに対応できないからです

 

例えば台風で作物がダメになった

海流が変わって魚が獲れなくなった

などです

 

こんな時、余分ににモノがなければ

あっというまに餓死者が出てしまいます

 

だから余分にモノがあることは悪いことではないのです

 

f:id:buraburaoyaji:20200721003649p:image

 

では本題の

「なぜ最低賃金は決められているのか」です

 

作物を労働力と考えれば分かりやすいでしょう

 

世の中の人全員がしゃかりきになって働いているわけではありません

スポーツしている人、趣味に没頭している人、ゴロゴロしている人…

 

つまり労働力は余分にあるということです

 

余分にあるということはどうなるのか?

 

野菜の場合は輸送コストすら出ないくらいに買い叩かれましたね

 

つまり労働力は過剰にあるがゆえに買い叩かれるというわけです

 

それは出荷できなくて畑で潰される野菜の如く、健康で文化的な生活ができないほどに価格破壊が起こります

 

それでは困ってしまいますよね

 

それで最低賃金法があるというわけです

 

ただし最低賃金で健康で文化的な生活ができるのかというと…

 

 

おまけ

おやじのおすすめ曲

class  夏の日の1993

 

快感と苦痛の存在について

まず最初に存在についてお話します

 

仏教の言葉に「色即是空、空即是色」

という言葉があります

訳すると「存在は無であり無は存在である」

ってことです

 

おいおい、いきなり訳わかんないこと言わないでくれよ〜って思った方、ご安心を

 

もう少しわかりやすい言い方をすれば

 

無とは存在のひとつの形ですよってことです

 

いやいやちっともわかんないって!!

 

わかりました、もっとわかりやすい例えをします

ここにA君とB君がいます

A君はお金持ってませんB君もお金持ってません

これが「無」の状態です

次にA君はB君に1000円の借用書を渡しました

するとA君には1000円の借金ができました

B君には1000円の債権ができました

これが「存在」の状態です

 

図にするとこんな感じです

 

       A            B

      0円         0円            無

-1000円      +1000円      有(存在)

 

これなら、なんとなくわかるでしょう

ポイントはトータルではなにも変わってないってトコロです

 

快感と苦痛についても同じことが言えます

 

      A君            B君

     0快感         0快感

   1000快感   -1000快感

 

マイナスの快感は苦痛のことです

 

おわかりいただけたでしょうか?

快感が存在の裏には必ず苦痛の存在があるってことです

快感だけが単独で存在することはないということです

あるものが存在するためにはそれを打ち消すものが存在するということです

そして存在はトータルで0(無)になるということです

 

ということは快感を作ればそれと同じ量の苦痛が作られるいうことです

 

f:id:buraburaoyaji:20200712132720p:image

 

この考えは宇宙はどのようにできたのかってことを考えたときに

無から宇宙ができたっておかしくない?

宇宙ができたのなら宇宙を打ち消す反宇宙ができてるのではないか?

という考えからきています。

 

 

おまけ

おやじのおすすめ曲

徳永英明    レイニーブルー

 

 

苦痛は他人に押し付けられるか?

前回では快感の存在の裏には苦痛の存在があるということでした

 

快感だけを作り出すことはできないってことならば、快感を自分が享受して苦痛を他人に押し付ければいいんじゃない?

 

そう考えちゃいますよね

 

でも、宇宙ってそんなふうになってるかな?

もしそうなら生きるって快感の分捕り合戦みたいなことになりませんか?

いかに多くの快感を手に入れ苦痛を誰かに押し付けるかっていうことだけになるような

 

いや、それならそうでいいんですけどね

ただそうはなってない気がするんですよね

 

宇宙のシステムがそんなふうにはなってないような…これは私の勝手な主観ですけどね

 

ひとつの生命のなかで快感と苦痛が同量存在するのではないかと

f:id:buraburaoyaji:20200712015302p:image

つまり誰の人生でも快感と苦痛のバランスは同じになっているのではないかと思っているのです

 

おまけ

おやじのおすすめ曲 

稲垣潤一   夏のクラクション